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| 体験レポート |
ワークショップや個人ワーク、トレーニングに参加された方の体験レポートです。
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ディープブレス・バランシング
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匿名希望さん
全部で4回挑戦した。
★(小原 仁)すごいですね。感激!!
まず1回目はいつもの様に両腕から上背部、首にかけて強いしびれと同時に硬直が起きた。
腹部の上に自分のタオルを置いてあった為、それを握り締めていた。
なぜかそれを握り締めると上背部から肩、首にかけての緊張は強さを増していくものの、手(指先)のしびれは弛んでいく。そして気持ちが落ち着いてきた。
タオルを「口元へ持っていきたい」ような気分になったけど、腕の緊張が強くて持っていけない。
イライラし始める。次の瞬間、誰かがその大事なタオルに触れて引っ張った。
馬鹿にされてる気がして腹が立ち、自分のほうに引き寄せたが何回も何回もちょっかいを出すように引っ張ってくるので負けたくないと思い無我夢中で頑張る。歯を食いしばって頑張る。
そのタオルを取られたら終わりだと思った。なぜかは解らないけど。思い通りにならない悔しさから涙が出てきた。ちょっかいを出す相手が憎くて、負かしてやりたかった。
でも「関わり合うとめんどくさい。早くどっかに行けばいいのに」とも思った。
私には兄が1人いるが、小さい頃によくした兄弟ゲンカの状況によくにている気がした。兄が死んでしまって、一人っ子になれたらいいのにとよく思っていた事を今思い出した。
そんな風に思っていたのにそれでも大切な人。いつも私の事を見てて欲しい人。何をやってもかなわない、私の先を進んでいる人。何を考えているのか解らなくて存在の遠い人。
★(小原 仁)「タオル」は何か大切なものの象徴、母親或いは父親の手かもしれない。
なにかカイン・コンプレックス――親の愛をめぐって展開される兄弟姉妹間の無意識の葛藤――を感じさせるものがありますね。
兄に対するアンビバレント(両価的)な感情――死んでほしいほど憎いと同時にとっても「大切な」愛しい人、その葛藤が「上背部から肩、首にかけての緊張」「腕の緊張」として現れているのかもしれない。
これは日常生活の中では、男性との関係、とりわけ恋愛をめぐって現れてくるかもしれない。
真実は日常生活の中で、そしてこれをテーマとするワークの中で見ることができるでしょう。
2回目はとにかく人の温かい体温を感じたくて、側にいた人の手を自分から掴みに行った。
握っても握っても手だけでは物足りなくて、爪の跡がつくぐらい握り締めた。
本当はその時点で抱きしめて欲しかった。「側にいるよ」みたいな優しい言葉が欲しかった。
でも、自分からは絶対に言えない、声に出来ない。頭で解っていてもどうにもならず苛立たしい。
するとだんだん言えないんじゃなくて、言ってはいけない気になってきた。言ったら相手に退かれる様で、自分に対する目が変わるようでとても怖くなった。でも優しくして欲しい。
どう表現していいのか解らなくて握り締めたまんまあきらめた。
そうしたら、相手が力ずくでその最後のつながりみたいな手を振り解こうとした。
鬼に思えた。「捨てられる」とも思った。捨てられたら生きていけない気がして、さらに強く握り締めてみた。私の「手を離さないで、行かないで」という気持ちを解って欲しくて、でも伝わらなくてまた涙。
今度は何としても伝えたくて叫ぶように「イヤー」と言ってみた。さっき諦めた自分に後悔していたが言葉で必死に訴える方法に変えた。そしたら、握り締めてもらえ安心感と満足度100%で眠りたくなった。
が、眠りについたらすぐ置き去りにされそうで信用できず不安になり相手の洋服にしがみついた。
★(小原 仁)どうやらこれは更に深いレベル、ひょっとしたら乳児期――依存=共生的な関係の時代の「見捨てられ不安」が浮上してきたのかもしれない。そしてそれが「安心感と満足度100%で眠りたくなった」ということで幾分癒されたようだが、癒され切ることはできず「しがみついた」のだろう。
これは日常生活の中では、強烈に出てくれば、「結局誰も、何も信用できない」というところにいったかもしれないし、人との距離のとり方、とりわけ恋愛においては葛藤を憶えたかもしれない。
そして悪く展開していけばうつ状態になったかもしれない。でも大丈夫。すでに癒しは始まっている。癒される準備ができたから浮上してきたのだ。
3回目は、痺れがきたと思ったら人の鼻と唇が小さく左上の方に浮かんで見た。
嫌な感じはなかったが、見下ろされているような、見つめられてるような感じだった。
物静かな男の人に思えた。その人は最後までいた。
両肩が自然と丸まってきてうずくまり状態になる。誰かが肩に触れた瞬間強い嫌悪感が全身に走り、顔と奥歯が痛くなった。
右腕の痺れが特に強くなり右手の指全部が伸びきったまま硬直。
圧迫されるようで気持ち悪く「右手はもういらない。どっかに捨ててしまいたい」思った。
肩に触れられると全身に膜が張りつくように息苦しく、まとわりつかれる嫌悪感から逃げるために肩を揺らしたり、手で払いのけたり・・・次第に怒りが出だして「やめろ」「あっちにいけー」「触るな」と大声で叫んだら少し気分よくなってきた。
調子に乗って殴ってみたり、足で蹴ったりすると右手の感覚がやわらぎ楽しくなってきてもっと暴れたい衝動にかられた。
私の体に、私の了解なく勝手に触れることが許せない。それを無視した奴は片っ端から殺す。
相手が私に触れた事を後悔するぐらいの苦痛を味わわせてやりたい。憎たらしい。恨めしい。
私が汚される様で怖い。だから、その怖さを感じる前に殺して存在を消してやる。元に戻りたい。
悲しい、悔しい。
父の言葉で「汚い」と頭に浮かぶ。その言葉に対してなぜか「ごめんなさい」と思う。
父の言葉が突き刺さる。こめかみが痛くなり胸がつまり息しにくい。吐き気もあった。
体と心も疲れたけど爽快感もあった。
★(小原 仁)うぅーーむ。と唸ってしまう。2回目が母親をめぐってであれば、これは父親をめぐっての愛のドラマと言っていいかもしれない。
もう少しプロセスが進行しないとなんとも言えない。複雑な要素がある。
「父親の言葉が突き刺さる」――意味深だ。ただ、男?に対する怒りが解放され、癒されていっていることは「爽快感」によって確認される。
4回目はブレス途中に寒気に襲われ毛布かけてもらったが治まらない。体幹が寒かったため体をうずくまらせる。足を誰かにつつかれたが特に何も感じずされるがまま。両手を握り締めて口元に持っていく。指先つつかれても掴みたい衝動はなくされるがまま。手指痺れ強い。
足を軽く屈伸されるようにつつかれると、下腹部から大きなボールがみぞおちまでゆっくり昇ってくる。これはとても気持ちいい。
温かいほかほかした感じにだんだん全身包まれ寒気が吹っ飛んだ。
目の前がオレンジのような暖色系になり幸せ気分いっぱい。顔の筋肉ほころび、声を出す。
ウーウーとうなっているとだんだんリズミカルになり、おしゃべりしたくなる。
何が言いたいかは不明。でもずっとお話していたい。誰かがあいづちを打ってくれるとさらに幸せ気分倍増。
一通り満足したら涙があふれる。安心感と幸福さで胸がいっぱい。生きててよかった。
生まれてこれてよかった。目覚めた後も涙止まらず起き上がりたくない。
このままの感じ保ちたいと思った。
★(小原 仁)胎児期=子宮(子供宮殿)内体験を思わされる体験ですね。しかも〈冷たい子宮〉から〈暖かい子宮〉への癒しの旅立ったようですね。胎児は〈子宮という宇宙〉の中に住んでいるわけですが、この宇宙体験が癒され、すばらしいものと体験されれば、生誕後の〈宇宙という子宮〉の中の人生もまた心地よいものとなることでしょう。
★(小原 仁)ブレスワークにかかわりだして17年、延べ人数にして数千人にかかわっていますが、一日コースというショート・ワークでこんなすばらしい体験――胎児期・乳児期・歩行期と人生の基礎部分が網羅されている――を聞いたのは初めてのような気がします。
おそらく、継続の力と準備状態が整っていたのでしょうね。
最後にぼくの偏見。これまで対人関係、とりわけ恋愛には苦しんでこられたのではないかと想像します。でも今は見事に雪解けですね。これからが楽しみです。
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| マインドボディ・バランシング |
30代女性さん
JBIとの出会いは、協会名と電話番号のみ記された、たった二行の新聞広告でした。
そんな小さな広告に目が止まったのは、当時の私には何かにすがりたい、誰かに現状から引っ張り出して欲しいという欲求があった為だろうと思います。
それから約二年間、身辺で起きた様々な現象を通しJBIの扉を開く前に一人ワーク・セラピーを体験し、自分の足で立っていると実感し始めた時、今迄辿ってきた道のりは果たして正しかったのかどうか確認してみたいという状況で初めて扉は開かれました。
ワークの最中、術者の手の温もりを感じつつ心も身体も解放されていく感覚が私は大好きです。そして早速、バランスがとれ始めていると感じられる目に見える変化がありました。歯の噛合せが良くなったのです。
でも、自ら手技を行なう時には精一杯で相手を思いやる余裕は全くありません。まして相手に触れる一瞬一瞬を楽しむなど一体いつになったらできるようになるのでしょうか。
触れ方に自分の性格が出るんだよ、という仁さんの言葉を胸に少しずつ歩んでいこうと思います。
★(小原 仁)「出会い」って不思議ですね。なぜか、出会いは〈こころ〉が導いてくれるようです。こころに耳を研ぎ澄まし、小さな声にも耳を傾け、心の声に従うとき、何か今の自分に必要なことに出会うようです。心に素直になるとき、フロー(流れ)に乗ることができるようです。他者への「触れ方」は自己への触れ方です。
そしてそれは、気恥ずかしい表現ですが、〈愛〉であるかいなかにつきます。
体はうそをつきません。いくら奇麗事言っても、体への触れ方を見れば、その人の存在が表現されてしまいます。まずは、触れることを楽しむことです。
30代女性さん
私は仕事でアロママッサージをしていますが、ただ気持ちよい、ほぐすだけの技術に物足りなさを覚え、身体へのもっと深い洞察力を養うことを目的にマインドボディーバランシングの講座を受けることにしました。
仕事の時でも受け手の側の身体にのみフォーカスしていたのですが、この授業の中ではむしろ施術時の自分の身体への大きな気付きがありました。
施術しながら知らず知らずのうちに余分な力が入っていたり、グラウンディングがちゃんと出来ていなかったり等、仕事していながら自分の身体にいかに敏感でなかったかに気付かされ新鮮なショックでした。
クライエント役の方との身体共鳴が出来ていると、自分の心と身体もつながって動きも自然で軽やかな感じとなり、クライエント役の方も心地良く感じているのが伝わってくるようになりました。
理論のコースの中でも実技のコースの中でも、先生がよく”心身一如””身体共鳴”という言葉を使われているのですが、ほんとうにこれらを外してはどんなボディワークも成り立つことは出来ないなぁと実感しています。
これからも色んな気付きを得て、ボディワーカーとして少しずつでも成長していき、自分の仕事の中にも還元できていけたらと思います。
★(小原 仁)「自分自身の身体への気づき」「心身一如」「身体共鳴」(ボディ・レゾナンス)、いっぱい一杯学んでくださっているようでとっても嬉しいです。ありがとう!!
自分自身の身体への気づきは大きな財産になると思います。ぼくは今教えているワークに類するトレーニングを受けはじめて12年目になりますが、いまだにワーク中の自分の体の動きの不自然さに気づく毎日です。
気づきは選択の可能性であり、自由への第一歩です。気づくたびに過去に決別し未来に一歩踏み出します。これは死ぬまで続くのだろうと思っています。
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| カウンセリング技法 |
40代男性さん
カウンセラー技法を学んでいて、面接時、私は相手の気持ちを余り聴かずに、自分の意志を押し付けてクライエントに話したり、“理性”という言葉で“感情・情動”をさえ込み、「今、私は何を感じているか」がはっきり言い表せない事がよく分りました。
私は、永年営業という職種で、人との面談からの情報を基に商売を行ってきましたが、これほど面談に使えるスキル(技法)があるとは知りませんでした。
現在の生活(仕事及びプライバシー)にも、充分活用して行きたいと思っています。
私は、数年前から仕事で、価値観が形ある製品(物・物質)から目に見えない情報(心・意識)に変化していると感じていました。
人の病気も外科的、内科的診断・治療・予防から精神的、霊的診断・治療・予防に価値観が変化しているように思われます。この「カウンセラー技法ベーシックコース」のスキルは、精神的、霊的に問題を持ったクライエントに面談する為の必須なスキルです。
このスキルを学び、活用し、人に教えることによって私の今からの人生に大きなプラスにしたいと思います。
★(小原 仁)「気づきの窓」というツールがあります。自分と他者への気づきをチェックするツールです。健全なコミュニケーションには次の5つの要素が含まれています。(1)見たり、聞いたり(知覚)している出来事、(2)感情、(3)思考・考え、(4)願望・期待・意図、(5)行動。自分の発言、他者の発言の中で何が欠けているか見て
みてください。そして、欠けている部分を補ってみてください。更にコミュニケーションはスムーズになっていくことでしょう。お試しあれ!!
(小原 仁)
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| 小原 ゼミ |
ゼミ(6)「カウンセリング理論」
30代男性さん
基本的にはテキストに沿って進められるのですが、内容が実践的・具体的で大変興味深いゼミだと思います。
と言いますのも講師の宮崎先生は現役カウンセラーですから、実例をまじえての解説にはある意味迫力があります。
理論は理論として当然ながら必要だとは思うのですが、実際クライエントに接するとなると理論だけではなく、事例研究が必要なのは明らかです。そういう意味でまだ事例研究の機会に恵まれない(というかまだ必要がないとも言えるのですが)僕にとっては、「現在の勉強を続けて行ったとき、先にあるもの」を垣間見ることができているとも言えるかも知れません。
またざっくばらんに話してくださるので質問がしやすく、懇切丁寧にお答えいただけるのはありがたいことです。僕のようにカウンセリングを学び始めた初心者はもちろん、一定以上の知識や経験をお持ちの方にもこのゼミは面白いのではないかと思います。
★(小原 仁)技法を教えるのと違い、理論は頭だけにならないかと、やっていてとても心配でしたが、その中で具体的・実践的とコメントをいただき、わたし自身がほっと胸をなでおろしています。
これから先の勉強の根っことして役に立ててくださることを期待しております。
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